続・サックスはわからなくても吹けてしまう楽器である

サックスは他の管楽器に比べて音が出し易い楽器であり、それ故に弊害もあるという話を前回の記事でしました。前回は主に音感についてでしたが、今回は別の視点での話です。これもまた、ありがちなのに自覚できていない人が多いことだと思います。

 

前回の記事をお読みでない方は、是非お読みください。

 

サックスはわからなくても吹けてしまう楽器である

 

前述の通り、サックスは音が出し易い楽器です。特に軽いセッティングにすれば、適当に息を入れるだけで鳴ってしまうし、もっと言えばマウスピースを咥えなくても口を近づけて勢い良くフッと吹けばちょっと鳴ります。そのくらい簡単に出ます。これは、だからサックスは簡単だという話ではありません。むしろ、間違った奏法でも音が鳴ってしまうので、ある意味難しい楽器と言えます。正しい奏法を判断する指標みたいなものがないというか、わかりにくいのです。そして間違った奏法を続けていると、上達の妨げになってしまいます。

 

私は中学校の吹奏楽部でサックスを始めました。もちろん先輩に教わります。何も知らないところから始めたので、全てを鵜呑みにします。下唇は巻き込んで、口の中は出来るだけ広げて、「ホー」と発音するように。そうすると口の中の形を変えられず息のスピードのコントロールが出来ないので、噛んで音を出します。下唇が痛くなるので、下前歯に紙を挟んで保護します。高い音が出にくいときはより噛みます。小さな音を出す為には息を弱く出して、やっぱりリードが反応しなくなるので噛みます。音が痩せるのを防ぐ為にリードは硬いものを使います。青箱の3半です。これが当時の私の『普通』でしたし、それなりに上手くいってしまっていました。高校でも変わらず。そして大学に入りジャズを始めても、このままでした。今までずっとやってきた自分の奏法が正しいと信じて疑いませんでした。

 

ジャズを始めると、ジャズの奏法の情報が入ってきます。ジャズは噛まないらしい、とか。しかし今まで噛んで調節していたので、噛まないということがわかりません。ネットで奏法について調べていると、下唇を押し上げて顎に梅干しが出来る状態になっても構わないという記述が。もちろん鵜呑みにします(実際そうするとリードの振動が押さえ付けられ、良い音が鳴らないのですが…)。更に、噛むのが当たり前だったので、ジャズは噛まないとはいえ吹奏楽に比べてって意味だろう、噛まないと音出ないし。といった独自の解釈をしてしまいます。そして次、どうやらオーバートーンという練習法があるらしい。本来は口の中や喉の形を変えて息のスピードのコントロールを身に付ける練習なのですが、教本やネットには練習法と結果しか書いていないので、自己流でやります。まずその当時の私は口の中が常に広がっている状態が当たり前だったので、息のスピードが口の中でコントロール出来ることを知りません。そしてオーバートーンは噛んだり下唇を押し上げたりしても、ちょっと出来てしまいます。更には「毎日コツコツやっていれば自然に出来るようになってきます」などと書かれているため、この調子で続けていればいいんだと思ってしまいます。

 

そして、毎日真面目に、間違った奏法でロングトーンやオーバートーンを続けた結果、間違った奏法が確固たるものになってしまいました。この癖は尋常ではありませんでした。何をしても上手くいかないまま数年経ちました。

 

もっとキレイにコントロールできないものかと思い、色々試してみることにしました。まず最初に、音が大きすぎるから小さめの音量でコントロール出来るようにしようと考えました。音を小さくする手段を息を弱めることしか知らなかったので、常に息を弱めることになりました。すると音が全然安定しなくなってしまったので、噛む力や下唇を上に押し上げる力が無意識に強くなっていって、リードが押さえ付けられすぎて遂に音が出なくなってしまいました。でも無意識なので自分が何をやっているのかわからず、音が出せない状態が数日続きました。初めに書いた通り、本来サックスは音を出すのが簡単な楽器なので、音が出なくなるなんてことは普通はありえません。周りのサックス仲間に相談しても原因はわかりませんでした。(しばらくして原因不明のまま出るようになりました)

 

これは極端な例でしたが、他にも原因不明のスランプが多々ありました。すべて、間違った奏法が長い年月をかけて当たり前になってしまっていたことが原因でした。この間違った奏法というのは、生活習慣、生まれた国や地域の文化、あるいは宗教のように、身体にも脳にも刷り込まれてちょっとやそっとじゃ引き剥がすことが出来なくなっています。外から軽くアドバイスされたくらいで変えられるものではありません。もっと『普通に』とか『自然に』とか言われたことがありますが、通じるわけがないのです。それが、『普通に』『自然に』出来てしまった人には理解できません。「なんでそんなことが出来ないの?」となります。実際、私が悩んでいたことを質問したときに「そこで悩んだことがないからわからない」と言われてとてもショックを受けたことがあります。数年考え続けやっと原因がわかり改善したのですが、そのとき私が思ったことは「なんでこれを誰も教えてくれなかったの?」ということでした。本当に些細なことだったのです。でも、些細なことすぎて、出来る人は出来ることが当たり前になっていて、むしろ出来ないことが不思議なんですね。そして出来ない人も自分が間違っているという自覚がないので改善しないのです。私は運良く気が付き、改善することが出来ました。

 

サックスはわからなくてもなんとなく吹けてしまう楽器です。それ故に、自分の奏法が間違っていることに気付かず練習を続けてしまい、間違った奏法が当たり前になって身体や脳に刷り込まれてしまっている可能性があります。例えば、ロングトーンがいつまで経っても上手く行かない場合、もっとロングトーンして強靭な筋肉を手に入れれば改善されるはずだ、とは思わないことです。例えばオーバートーンがいつまで経っても上手くいかない場合、このままコツコツやっていればそのうち出来るようになるはずだ、とは思わないことです。何か苦手なことが長い間解決しない場合、もしかしたらどこかが間違っているかもしれません。何か余計なことをしているかもしれません。今一度自分の奏法を見直してみましょう。